★ 支部だより

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役員等
会 長 後 藤  淳一郎
副会長  林   和 彦
副会長 中 井  紘 逸
幹事長 市 川  恭 平
連絡先 〒300−0424
  茨城県稲敷郡美浦村受領 201−2
  市川 恭平 方(п@
029−885−0681 )


下総航空基地開設52周年記念行事盛大に開催さる

 下総航空基地の開設を祝う記念行事が、平成2310月1日(土)、多数の来賓、基地協力者等を迎え盛大に挙行された。当日は基地が一般公開されて、周辺地域から多数の見学者が基地を訪れた。隊員もそれぞれの役割で配置について来客のもてなしや案内におおわらわであった。
 記念式典は、1000から第2格納庫前エプロンに於いて、執行者である山作房彦群司令の訓示で始まった。

 群司令は、戦後進駐した米第5空軍から引き継ぐ形で白井術科教育隊が創設されて以来、先輩諸氏のご努力と地元の皆様のご理解とご協力でここまで成長し、今や全国の航空部隊に多くの搭乗員、基地員、整備員を送り出す航空教育の中心基地となったことに謝辞を述べ、これからも伝統と誇りを引き継ぐ事の大切さを強調された。 続いて8月に教育航空集団司令官に着任された鮒田英一海将の挨拶、来賓の祝辞と紹介、祝電の披露が行われた。

 その間、3機のP‐3Cによる見事な祝賀編隊飛行に続いて、習志野の陸上自衛隊第1空挺団による空挺降下が展示された。観客が注視するなかCH‐47ヘリから1名・7名・7名の3回の降下が行われたが、降下者全員が地元千葉県の出身者で構成されており、降下中にそれぞれの名前と出身地が紹介される心にくい演出で、万雷の拍手を浴びた。

 1130から場所を食堂に移して午餐会が行われた。会はアメリカンスタイルで始められ、乾杯の音頭は3術校長市川将補が執った。

 続いて壇上で鏡割りが行われ、司令官、群司令を始め、国会議員、周辺各市長のほか下総水交会の後藤会長も加わって、意気を合わせて二つの四斗樽に槌を振り下ろした。
 その際、佐藤議員(イラク派遣のヒゲの隊長)から、東日本大震災に派遣された陸自隊員が、久し振りに着替えを取りに自宅に帰ったところ、妻が、「少し休まないと…」と声を掛けても「バカ言うな俺はすぐ被災地に向かう」と告げて部隊に戻ったエピソードが紹介された。
 各テーブルは、学校関係者、協力団体、元在総部隊指揮官、OB、就職援護企業等のグループ毎に分けられていたが、中には84歳になるという予科練出身者もおられて、午餐会は大きく盛り上がり、グループを離れてあちこちに懇談の輪が出来、司令官や3術校長、群司令の前には名刺交換の長い列ができた。

 これらの行事と並行して基地内では、陸海空各自衛隊機の地上展示、P‐3Cによる体験搭乗、小型バイクを哨戒機に擬したミニP‐3Cによる対潜戦の展示、花電車への搭乗、空挺団の装備品展示、模擬店やフリーマーケット、けやきウインドアンサンブル、子供和太鼓、柏日体高校ダンス部「サンドロップス」、麗澤中・高校吹奏学部の各種演奏や展示が行われて、一日中来訪者を楽しませ、盛況のうちに終了した。
 今日の式典の成功の陰には、各持ち場で後輩隊員がもてなしの気持ちを込めて活躍してくれたことに加えて日頃からの各指揮官の御指導が行き届いていることを強く感じ、またの再会を楽しみにして爽やかな気持ちで基地を離れた。
(菊池総務幹事記)

下総航空基地慰霊碑を清掃

 下総水交会(後藤淳一郎会長)は、下総航空基地において慰霊碑を清掃した。
 この慰霊碑清掃は慰霊顕彰事業の一環として、毎年下総航空基地追悼式の約1週間前に実施しているものである。

 1023日(日)千葉県下に大雨注意報が発令されている中、中井紘逸副会長や海兵77期の平井健男会員など下総水交会会員11名が下総航空基地慰霊碑の清掃、慰霊碑周りの雑草の除去や慰霊碑前広場の落ち葉の掃除等を行った。

 当日早朝には豪雨になり実施も危ぶまれたが、その雨も午前5時には止み、予定どおり総員午前9時に慰霊碑前に集合した。なぜか毎年慰霊碑清掃の日は雨が予報されているが、今まで一度も雨が降ったことがなく、今年も徐々に雲が薄くなり、時々は太陽が姿を現すような絶好の慰霊碑清掃日和になった。

 下総航空基地慰霊碑には、飛行訓練中などに殉職された34柱の御霊が奉られているが、この天候の回復も34柱の御霊のお陰と総員粛々と慰霊碑清掃を実施した。

 慰霊碑清掃には、下総教育航空群司令部監理幕僚の吉田3佐も参加され、全員の汗をかきながらの手際の良い作業もあって、慰霊碑清掃は予定どおり午前中に終了することができた。
 慰霊碑清掃終了後、総員で落ち葉や雑草の戦果の山を前に記念写真撮影を実施した。

下総水交会では、慰霊碑清掃が下総航空基地隊員の負担軽減に少しでも役立つことを祈って、今後とも慰霊顕彰活動を続けていきたいと思っている。
(下総水交会 山本博秋記)



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