公益財団法人「水交会」のホームページです。
|
|

★ 支部だより
| 北海道 | 大 湊 | 下 総 | 横須賀 | 湘 南 | 舞 鶴 | 関 西 | 呉 | 福 岡 | 佐世保 | 鹿児島 |
![]() |
役員等 |
|
||||||||||
| 連絡先 | 〒737-0028 呉市幸町4-20 海上自衛隊呉地方総監部呉集会所内 呉水交会事務所 TEL0823-36-6662(FAX兼) メールアドレス:kuresuikoukai01@hb.tp1.jp |
◆ 九軍神追悼慰霊祭に参列 この慰霊祭は昭和16年12月8日の真珠湾攻撃に特殊潜航艇で参戦、真珠湾に散り軍神と称えられた9柱の慰霊のために毎年12月8日の命日に行われている。 午後2時ころ道の駅「瀬戸農業公園」着、高台で休憩しながら眼下に三机漁港を確認、また遥か沖合に訓練中の護衛艦「いせ」を視認しながら特殊潜航艇の乗員が三机沖での訓練を終えると投宿した「岩宮旅館」に到着、狭い玄関の左手に展示されている九軍神の遺品を数人ずつ見学、70年前の女主人の孫娘さんが会員の質問に丁寧に答えてくれ、水交会会員とわかると会誌「水交」を掲げて見せ歓迎してくれた。 追悼慰霊祭は午後5時からのため陽が明るいうちに慰霊碑に参拝、記念撮影することとし、須賀公園内にある佐藤栄作首相の揮毫による「大東亜戦争九軍神慰霊碑」に参拝、全員で写真撮影し追悼慰霊祭の開始を待った。 呉総監の「慰霊の詞」に続き、呉音楽隊による「海ゆかば」と「軍艦マーチ」の追悼演奏で、特に「海ゆかば」を参列者全員で歌ったときは感動で目頭が熱くなり、声も詰まった。特に、夕闇から暗闇に変わるときに行われた追悼式は幻想的であり、照明は作業灯と行燈のみ、三机青年団の手作り慰霊祭は素朴、爽やかさを伴う感動的なものであった。 第二部の慰霊祭は井上宮司による祭事が淡々と行われ、三机青年団がスマートに済々と式を進行させることに感心した。 式場が海辺に近く寒風が吹きすさぶ中での追悼式、慰霊祭であったがバスで参列した勝山会長以下17名の会員のほか遠く徳島から毎年参列している吉田道明会員など呉水交会の思いは、必ず九軍神の英霊に届いたものと確信した。 ◆第9次海賊対処部隊呉帰投平田会員が花束贈呈 12月3日(土)、ソマリア沖・アデン湾において海賊対処活動に従事していた第4護衛隊(隊司令:大判英之1佐「さみだれ」「うみぎり」)の166日ぶりの母港呉帰投を勝山会長以下会員28名で出迎えた。 4護隊の入港前のEバースは、指揮官や隊員たち、呉市長や議長、出迎えの乗員家族、呉水交会等の支援団体、船主協会の関係者、海上保安庁や陸上自衛隊関係者、さらに報道機関等たくさんの人であふれるばかりであった。 Eバースに「さみだれ」(艦長:内藤裕之2佐)がゆっくりと近づき10時ちょうどEバースにもやいをとり、続いて外側に「うみぎり」(艦長:佐藤正博2佐)が入港した。 引き続き河野克俊自衛艦隊司令官が「諸君らの活躍は、海上交通の安全確保という強い意志を世界に示した」と、長期間にわたる乗員の労とその間の家族の労を称えた。 式の最後に花束贈呈が行われ、日本船主協会から司令へ、そして呉水交会からは平田美佐会員が「うみぎり」艦長に花束を贈呈して部隊の無事呉帰投を祝した。 (写真:内海幹事 文:熊倉副幹事長) ◆盛大に新年互礼会講師に大塚前練艦隊司令官 呉水交会は、1月15日(日)呉の「クレイトンベイホテル」において平成24年呉水交会新年互礼会(講演会・懇親会)を開催した。この日は寒気団のため呉市内も「真冬日」と思うような寒さに襲われる中、来賓等34名会員98名合計132名の参加を得て盛大に行われた。 定刻午後4時に講師の前練習艦隊司令官(現海幕指揮通信情報部長)大塚海夫海将補が登壇して講演会が開始された。本題に入る前に、広島空港から呉に来るまで街や道路にまったく違和感がなく、出張から呉に帰る様だったと講話に入るまえに会場の雰囲気を和らげてから本題の「平成23年度遠洋練習航海を終えて」に入った。 講演は当初、遠洋練習航海の出発から東京港入港までを約15分にまとめたDVDによる映像を会員に見せて講演に入った。 その後は遠洋練習航海の目的から講演に入り、部隊編成、行動の概要等を説明し、特に初級幹部教育として海上実習の目的を「世界に雄飛する「海軍士官」の育成」においた、と説明しそのスケールの大きさで会員を感心させた。その後の部署訓練や寄港地研修、史跡研修等に続き、大塚艦隊の特徴として説明したのが「異文化間コミュニケーション能力の向上」で米海軍退役軍人及び在日米海軍士官6名らにより英語プレゼンテーション、パブリックスピーキングで教育・実習を行い、当初英語に対する苦手意識82%の実習幹部が、この教育で苦手意識がなくなった者(実習幹部)が75%になったとグラフで説明し会員を驚かせた。また、東日本大震災が起きた中派遣されたため広報上のコンセプトを示して、大震災を写真パネル、講演会、空母内放送局等で支援への謝意、風評被害払拭のための復興状況の説明等を各寄港地で行ったと説明し、会員は納得しきりに頷いていた。 そのほかに訪問国や他国海軍との友好親善訓練、米海軍との共同訓練を説明し、また、英霊の慰霊に努めている水交会と同じ思いでアンカレッジ、サンフランシスコ、バルパライソ、ハワイ、カヤオ等にある帝国海軍戦病死者の慰霊碑や墓碑に対して献花をしたことも写真をふんだんに使って説明して講話を終えた。 講話は、講師の軟らかい口調とわかりやすい説明、そして当初のDVDの映写で今年度の遠洋練習航海の全般を理解しての講演とあいまって大変わかり講演であった。 引き続き行われた懇親会は、国歌斉唱、唱歌「一月一日」を唱って新年を寿ぎ、勝山会長のあいさつその後三谷財務政務官、小村呉市長、神田呉市議会議長、泉呉地方総監、寺田元防衛政務官の祝辞で始まり、今回初めて参加した呉海上自衛隊後援会の神津善三朗会長の乾杯で盛り上がり、会場内には倉敷市から三戸恵一郎会員、松山市から河淵登亀雄会員の遠方からの参加者と日下美穂会員、沖田由美子会員、岩波絵里子会員ら女性会員9人も含め海軍、海上自衛隊、呉水交会の関係者が賀詞を交換するとともに近況を語る輪を造り132名の参加者で埋まる会場は熱気に包まれた。 恒例の軍歌演習は、「艦船勤務」と男と生まれ……の「海を行く」で盛り上がり、最後は淵之上英寿練習艦隊司令官がスマートに〆て平成24年の新年互礼会を終えた。(写真:川西幹事・文:熊倉副幹事長)
◆舞鶴転籍「あさぎり」を見送る早朝の寒さを押して18会員 呉水交会は、1月24日(火)舞鶴転籍のため呉を出港する練習艦「あさぎり」(艦長:小牟田秀覚1佐)をのぼりを立てて激励、舞鶴での健闘を祈念して見送った。 出港前に「あさぎり」艦長小牟田1佐が整列する呉水交会会員の前に来て、勝山会長に「舞鶴に転籍します、お世話になりました。今朝の舞鶴は30㌢の積雪だそうです。」と新母港の気候を心配するあいさつをして艦橋に駆けあがった。 この日、見送りの呉水交会会員の中には「あさぎり」艤装員だった前呉監管理部長佐藤正志会員、遠路廿日市市から参加した田村潤二顧問、勤務時間の前を利用して参加した松本順時、西山保、中尾和彦、永野政利会員らもいた。 「あさぎり」が見えなくなったところで泉総監、岡浩呉監幕僚長が勝山会長ら会員の前に来て「早朝からご苦労様です」とあいさつ、続いて淵之上英寿練習艦隊司令官が「この次は練習艦隊の「せとゆき」が入港します。そのときは出迎えをよろしく」とユーモアを交えてあいさつ、会員を喜ばせた。 この日見送りに参加した会員の大半が出勤途上での参加のためEバースで解散、早朝の寒さを押してのあわただしい「あさぎり」見送りだった。
|
| ← HOMEへ | ↑ ページトップへ |




午後5時、泉三省呉地方総監、呉音楽隊がそろったところで第一部の追悼式が三机青年団長の司会で開始され、国旗は呉地方総監部の海上自衛隊員により、鎮魂旗(軍艦旗)は三机青年団員により掲揚された。町長(代理)に続き、泉総監が慰霊碑前に進み出て「慰霊の詞」を捧げているとき強風が吹き、慰霊碑前の九軍神の写真や行燈をなぎ飛ばしたときは一瞬、英霊降天か!と思わせた。
◆
◆
◆